
3 Future Scenarios
BlueRebirthが実現されたとき、未来の環境や社会、人々のライフスタイルはどのように変化するのでしょうか。
その未来像を、3つのシナリオを通じて描きました。
第 1 話廃車から愛車へ
「解体に出したらどう?」
娘からのそんな提案に、私は少しショックを受けた。
たしかにありふれた、使い古された車だ。人気の車種でもないし、この15年で17万キロも走っているので、中古車店のオンライン査定でも良い値段はつかなかった。どんな手段で手放したところで、大きな損も得もないはずだ。
それでも、自分の車が巨大なプレス機でぺしゃんこにされるのを想像すると、少し胸が痛む。75歳を過ぎて車を手放す決心をした、その寂しさが一段と強まった気がした。
「お父さん、イメージが古いよ。最近はもっと良い仕組みがあるんだから」
ためらう理由を正直に打ち明けると、娘は笑った。私は少しムッとしたが、通院の送り迎えなどで世話になっている以上、強くは出られない。娘はてきぱきと近所の自動車解体工場に話をつけ、私の車の査定日が決まってしまったのだった。
そして当日、工場からやってきた担当者を前にして、私はまた軽いショックを受けた。事前の勝手な想像よりもずいぶん若く小柄で、差し出す名刺には「リバース・エンジニア」という見慣れない肩書きが踊っている。
綴りを聞けば、Reverse(逆転)ではなくRebirth(再生)なのだという。その時点で、私は自分の常識が通用しないことを悟っていた。歳を取ったな、と素直に思った。
「大切に乗ってらっしゃったんですね」
ガレージで私の車を外からも内からも眺め回し、ハンディスキャナ付きの端末をあちこちにかざしながら、彼女はそう言った。
「この状態ならばっちり、再利用できますよ」
「どの部分を再利用するんです」
私が尋ねると、彼女はきょとんとした表情を浮かべた。それから、こちらの思い違いに気づいたらしい。微笑んで、資料を取り出した。
「この車の、すべてです」
続く彼女の説明を聞いてようやく、私は自動車解体業──もとい、再生原料製造業がここ20年で遂げた変化を理解したのだった。
ロボットによる自動化や、部品の再利用、材料の分離と再資源化といった技術や制度が発展したことで、いまや廃車をぺしゃんこに潰す必要はなくなった。古い車は細かく分解されて、新しい車の一部になる。自分の車が、誰かの車に生まれ変わる。世界のどことも知れない場所に放置されて、錆びついていくことはない。
「中古車店に売るというのも、もちろんひとつの選択肢だと思いますよ」
車の状態をてきぱきと確かめ終えた彼女は、端末を操作しながら付け足した。
「でも、愛車をわたしたちに託していただけるなら、再生のループを確実に繋げることができます。資源を大量に消費したり、環境を汚したりせずに、これからも新しい車を生み出し続けることができるんです」
それから彼女が差し出した端末には、運搬や解体の費用を差し引いた買取額──つまり私の車の資源としての価値が示されていた。
しかし私はもはや、中古車店の査定額と比べる必要性は感じなかった。
特に強い思い入れがあるとも感じていなかった目の前の古い車が、にわかに輝きを増したような気がしていた。そう、彼女が言ってくれたように、この車はただの廃車ではない。ただの部品や材料の塊でもない。たしかに、私の愛車だったのだ。
引き取り日を決めると彼女は颯爽と帰っていった。
ガレージの隅で一部始終を見守っていた娘が、にやりと笑って言った。
「ね、話を聞いてみて良かったでしょ」
素直に認めるのが照れくさく、私は生返事をする。娘は数日後にここを去る私の車に近づくと、窓から助手席を覗き込んだ。
「お母さんとの最後の旅行にも、この車で行ったんだったねえ」
私はそこに至って初めて、娘が再資源化を勧めてきた理由を理解した。
この車は、娘にとっても愛車だったのだ、と。
制作協力:津久井五月
2017年、『コルヌトピア』で第5回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。
テクノロジーによる人間や社会の変容に関心を持ち小説を執筆している。