
3 Future Scenarios
BlueRebirthが実現されたとき、未来の環境や社会、人々のライフスタイルはどのように変化するのでしょうか。
その未来像を、3つのシナリオを通じて描きました。
第 2 話リバース・エンジニア世界大会
リビングのソファの上で、息子が「おおっ」と声を上げた。
中学生になり、色気づいて趣味も変わってきたようだけれど、乗り物が好きなところは今のところ変わらない。息子の手元の半透明ディスプレイにちらりと目をやると、車の運転席に人が座っているような光景が垣間見えた。
「レースの動画でも見てるの?」
わたしがそう言うと、息子は少し不満げな顔で振り向いた。邪魔するなと怒ったのかと思えば、ディスプレイを掲げてこちらに見せてくる。
「違うよ。今、リバース・エンジニアの世界大会、やってるんだ」
ほら、と息子に促されて、わたしは画面に近づいて覗き込んだ。リバース・エンジニアという言葉に聞き覚えはあったけれど、ライブ配信とコメント欄の流れを30秒ほど眺めていても、一体何が行われているのか、すぐには掴めなかった。
動画内には、精密機械の工場のような場所が映し出されている。明るく清潔な印象の広大な空間だ。そこに数多くの自動車が整然と並び、さらに多数のロボットアームが一台一台を取り囲んでいる。カメラがダイナミックに移動し、個々の車体をクローズアップする。エンブレムも車種も別々で、傷がついている車もある。
そこでようやく、わたしはリバース・エンジニアという言葉の意味を思い出した。
「ねえ、これって、車を解体してるんだね」
わたしが言うと、息子はなぜか少し自慢げに頷いた。
「そう。めちゃくちゃ面白いんだよ。世界中の実力者が参加してるんだ」
「この工場に技術者が集まってるってこと? 人の姿が全然見えないけど」
「ママ、イメージが古いよ。いいから見てて」
まもなくシーンが切り替わる。わたしが遠目にレーシングカーの運転席かと勘違いした光景が、再び映し出された。見たところ年齢も性別も国籍もばらばらの人々が、テンポよく画面上に現れる。よく見れば彼らが座る椅子も背景もまちまちで、自室の寝室やオフィス、工場の一角、ときには緑豊かな屋外も混じっている。それぞれが手元で操るのもシフトレバーやステアリングではなく、ゲームコントローラーやキーボード、あるいは手袋型インターフェースなど様々だ。
そして彼らがマルチディスプレイや3Dホログラムの先に見つめているのは、先ほど映った再生原料製造工場に並ぶ、一台一台の車なのだった。
ね、分かるでしょ、と言いたげな目で、息子がこちらを見た。
わたしは驚きに目を見開きながら、頷いた。
リバース・エンジニア。自動車解体の自動化が急速に進むにつれて、その職業像も変化したということらしい。それは工場の中で働く人だけでなく、車の構造と素材を深く理解し、ロボットアームのAIとともに繊細で効率的な作業を実現できる、すべての人を指す言葉になった。今や世界のどこにいても、遠隔で技術を共有し、切磋琢磨することができるのだという。
解体プロセスの奥深さと面白さを発信しようと企画された世界大会は車好きの間でたちまち話題になり、現に息子のような若い世代をも惹き込んでいる。スーパーカーよりも解体がモノづくりへの興味のきっかけになるのを目の当たりにして、わたしは改めて、世界は変化し続けているのだと実感したのだった。
「そんなにびっくりするようなことかな?」
ライブ配信を見ながらあれこれと説明してくれた息子が、怪訝そうな顔をした。
わたしは、ううん、と首を横に振った。
「この大会にも驚いたけどね、知ってる人が出場してたから」
「え!誰のこと?」
食いついた息子に、わたしは微笑んで、もったいぶってみせた。
先ほど驚異的なタイムと正確性スコアを叩き出し、息子とコメント欄を沸かせた日本出身のリバース・エンジニア。彼女が6年前に父の最後の車を引き取ってくれた人なのだと知ったら、今度は息子の方が目を丸くするだろう。
制作協力:津久井五月
2017年、『コルヌトピア』で第5回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。
テクノロジーによる人間や社会の変容に関心を持ち小説を執筆している。