
3 Future Scenarios
BlueRebirthが実現されたとき、未来の環境や社会、人々のライフスタイルはどのように変化するのでしょうか。
その未来像を、3つのシナリオを通じて描きました。
第 3 話リバース・トリップへの招待
「あなたを再生の旅にご招待します」
カーディーラーから届いたメッセージは、そんな言葉で始まっていた。読み進めたぼくは、率直に言って、「旅」というのは大げさじゃないかと思った。つまるところ、少し特別な試乗会への招待状だ。初めての新車購入を考えて一度足を
運んだ販店が、顧客を逃すまいと売り込みをかけてきたんだろう、と。
週末、あまり期待せずに出向いたディーラーの駐車場には、エメラルドグリーンに輝く車が停まっていた。何カ月も決めきれずにいる選択肢のひとつ、多様な運転モードの切り替えが評判の最新車種だった。
担当者に導かれて運転席に滑り込むと、鈴が鳴るような音がしてナビが起動した。
「リバース・トリップへようこそ。まずは本日のコースについてご説明しましょうか?」
「いや、知らない方が楽しめそうだ。交通量が多いところの運転は任せるよ」
「それではしばらくの間、自動運転でお連れします」
車が滑らかに発進してから市街地を抜けるまでのおよそ20分間、ぼくはハンドルに軽く手を置いて、静かな走りに身を任せていた。
試乗会を少し侮りながらも参加の返事をしたのは、「旅」よりも「再生」の方に興味を惹かれたからだ。「リバース・トリップ」は、自動車産業における資源循環をテーマにしたドライブコースらしい。その言葉の響きが、中学生の頃に夢中になって観ていたリバース・エンジニア世界大会を思い起こさせてくれた。結局、自動車とは別の分野──宇宙開発を進路に選んだぼくだけれど、リバース・エンジニアという存在を知らなければ、たぶんロケットにも探査
機にも関心を持つことはなかっただろう。
緩やかなカーブを描く湾岸沿いの道路に入ると、運転の主導権は徐々にぼくに移行した。アクセルペダルを踏み込む楽しさに本来の趣旨を忘れかけた頃、ナビが最初の目的地への到着を告げた。
「この車のレアメタル系材料の一部は、右手に見える工場で取り出されました」
運転をナビに委ねてぼくは窓の外を見た。はじめ、そこは広めの公園にしか見えなかったけれど、近づいていくと木立の向こうに平たい建物が垣間見えた。ゆったりとした起伏のある屋根の上にも、低木や芝生が生い茂っている。
「これが、材料を生み出す工場なの?」
「はい。廃車の精緻解体と再資源化による収益の一部を還元して、公園を付設するかたちで再整備されました。沿岸の生態系再生事業も行われています」
へえ、とぼくは声を漏らした。世界はたしかに、変わり続けている。
巨大工場の見学ツアーのようなものだろうと想像していたリバース・トリップは、実際には都市近郊に点在する中小規模の再生原料製造工場を巡っていくドライブだった。どの工場も公園やコミュニティ施設と融合して、まちの一部になっている。半透明の壁面の向こうでは、いまや完全に自動化された解体プロセスが動き続けていて、近所の子供たちがガラスに顔を張り付けてそれを眺めていた。
車はナビに導かれて川沿いを走り、小高い丘を登り、再び湾岸の道を抜けると、最後に自動車メーカーの敷地内にあるトンネルに入った。
「この車のトレーサビリティコードをトンネルが読み取り、パーツや材料のもととなったすべての車の情報を展開します」
ナビがそう告げると同時に、自動で減速する。
そして薄暗い空間いっぱいに、メーカーも車種も異なる無数の車体が投影された。
まるで、プラネタリウムの天蓋にいくつもの星座が描かれるようだった。
まばゆく光る星々をぼくは眺め、その中に懐かしい姿を見つけた。幼い頃、ぼくや母を乗せてあちこちに旅行に連れて行ってくれた、祖父の車と同じ車種だった。
「これは、まいったな」
ぼくは思わず口に出していた。
トンネルを抜け、ディーラーへの帰路につくその試乗車に、早くも愛着を抱きはじめてしまっていた。
制作協力:津久井五月
2017年、『コルヌトピア』で第5回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。
テクノロジーによる人間や社会の変容に関心を持ち小説を執筆している。